退職者による秘密情報漏洩の防止

1.退職者によって情報を持ち出された場合に起こりうるリスク

「退職者によって情報を持ち出された…」このような場合には,次のリスクが考えられます。

1 損害賠償

退職者により顧客や従業員の情報が持ち出されると,そこから顧客や従業員の個人情報が流出し,悪用されるおそれがあります。個人情報を悪用された本人は,さまざまな不利益や損害を被ることになるため,情報を流出させた会社に対し,損害賠償請求ができる場合があります
個人情報の漏洩による被害者一人当たりの被害額はそれほど大きくありませんが,このような場合には一度に大量の個人情報が流出し,被害者も多くなることが想定されます。情報流出の規模によっては,企業の存続にかかわるような規模の損害賠償責任を負うことになる可能性も少なくありません。
また,情報が流出したことそれ自体が,企業の信用を失墜させることにもなりかねず,派生する問題も大きくなることが予想されます。

2 ノウハウ・顧客流出

企業は,事業活動を行ううえで,様々なノウハウを取得していきます。顧客についても,事業を続けるなかで増えて行きます。退職者によってノウハウが持ち出されると,他社が同様のノウハウを取得し市場における強みが失われ,競争力が弱まる可能性があります。また,顧客情報の流出によって,自社の顧客が他社に奪われる可能性もあります。

3 刑事罰

個人情報保護法は,個人情報を取り扱う事業者が守るべき義務を定めており,国はこれに違反した事業者に対して立ち入り検査,指導・助言,勧告,命令などを行うことができます。令和2年に改正個人情報保護法案が可決され,事業者へのペナルティが引き上げられました。命令違反の場合,法定刑が1年以下の懲役または100万円以下の罰金刑と定められましたので,個人情報を扱う事業者はより慎重にならなければなりません。

また,従業員が自己もしくは第三者の不正な利益を得る目的で個人情報データベース等を提供・盗用した場合,1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科されます。この罰則は従業員だけではなく法人である会社に対しても適用されますが,改正法では,法人と個人の資力の差を踏まえ,法人に対しては不正した従業員よりも高額の1億円以下の罰金刑が科されることとなりました。

個人情報とは,生存する個人に関する情報であって,氏名や生年月日などにより特定の個人を識別することができるものをいいます。また,単体では特定の個人を識別できない場合であっても,他の情報と容易に照合することができ,それにより特定の個人を識別することができる場合,その情報は個人情報とみなされます。
改正個人情報保護法が施行され,現在では個人情報を取り扱う全ての事業者が適用対象となっています。

2.退職者によって秘密情報が漏洩されたケース

① 元役員が主力商品の営業秘密を複製し,USBメモリーに保存して持ち出したとして,不正競争防止法違反(営業秘密の開示)の疑いで逮捕。元役員は,退職後同業他社顧問に就任していた。
元役員に対し,懲役2年6月(執行猶予3年),罰金120万円の判決

② 元従業員が,関連会社の事務所で,本社の主力商品に使用される技術に関する情報を,自身のハードディスクに不正に複製したとして,不正競争防止法違反(営業秘密領得・海外重罰適用)の疑いで逮捕。元従業員は退職後中国にある競合他社で働いていた。
元従業員に対し,懲役2年,罰金200万円の判決

3.営業秘密侵害事件の検挙状況

営業秘密の重要性が浸透しつつある近年,営業秘密侵害事件の検挙件数も年を追うごとに増加傾向にあります。令和2年には22件が検挙され,平成25年の5件から4倍以上もの件数になっています。
コロナ禍でテレワークの導入が一層加速した現在,情報の漏洩を防ぐ方法にもより工夫が求められるようになっています。

4.情報漏洩が発覚した際の対応

情報漏洩が発覚した場合,どのような対応をとるべきでしょうか。

いちばんに意識すべきことは,情報漏洩による被害を最小限にとどめることです。まずは,どんな情報が,どの程度漏洩しているのかという正確な情報を速やかに把握する必要があります。次に,被害の拡大を防止し,なおかつ企業の透明性を確保し信頼を回復するためにも,漏洩した事実を正確に開示することが必要です(開示により被害が拡大するおそれがある場合は除きます)。

情報漏洩への対応はスピーディーに行う必要があるため,あらかじめ緊急時の対応マニュアル等を作成しておくことをおすすめします。

5.退職者による情報漏洩を予防するには

① 秘密情報に対する認識向上
入社時・退職時や,プロジェクト開始時等に,秘密保持契約を締結しましょう。キーパーソンの場合には,競業避止義務契約を締結することも有効です。

② 接近の制御,持出しの困難化,視認性の確保
情報へのアクセス権の範囲を設定し,「知るべき者だけが知っている」という状態を実現することが重要です。また,私物のUSB等の記録媒体を持ち込ませないことや,秘密情報が記載された媒体等に「持ち出し禁止」の表示を行うことでも効果はあります。

仮に退職の申出があった場合には,速やかに社内情報へのアクセス権に制限を設け,退職時には個人IDやアカウントをすぐに削除しましょう。退職申出前後のメールやPCログをチェックしたり,退職後も転職先の商品情報を見ておくと安心です。

6.秘密保持契約とは

秘密保持契約(NDA)とは,自社が持つ秘密情報を他の企業に提供する際に,他の企業が更に他の企業に漏らしたり不正に利用されたりすることを防ぐために結ぶ契約です。
通常は,自社の情報を開示する前に秘密上の特定をしたうえで締結します。秘密保持契約は,特許申請や不正競争防止のためにも必要となるケースがあります。

秘密保持契約のポイント

秘密保持契約の内容は,当事者のどちらかが一方的に決められるわけではありません。他の契約と同様に,双方で協議をしながら作成していくことになります。リスクを負うのは,秘密情報を開示する側ですので,当事者間で秘密情報を開示する必要性についての共通認識を作り上げ,情報開示の目的を明確にしておくことが重要です。
秘密保持契約書には,対象となる情報及び期間,秘密保持の義務を負う人物,漏洩した場合の損害賠償の可否等を定めておくと良いでしょう。
秘密保持契約書の内容については,専門的なものにもなりますので,一度弁護士にご相談されることをおすすめします。

 

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