就業規則の不利益変更における法的注意点と実務的対応

日々、会社を経営されていますと、従業員の労働条件を不利に変更しなければならない場面がでてくると思います。ただ、原則として、給与の引き下げや休職期間の短縮といった不利益変更には本人の真意による合意が必要であり、会社側の一方的な決定は法律違反となるリスクがあります。そこで、従業員の労働条件を不利益に変更する際の実務上の注意点について、以下、解説させていただきます。

1.労働条件の不利益変更を有効にするための2つのルート

労働条件の不利益変更を有効にするための具体的な要件には、大きく分けて「労働者と個別に合意する場合」と「就業規則の変更によって(一方的に)行う場合」の2つのルートがあり、それぞれ厳しい要件が定められています。具体的な要件は以下の通りです。

① 個別の合意によって変更する場合の要件
単に労働者が合意書にサインをしたという形式だけでは有効と認められません。不利益変更の合意には高いレベルが求められ、以下の要件を満たす必要があります。
• 労働者の「自由な意思」に基づくこと: 当該変更が、労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる「合理的な理由が客観的に存在すること」が必要です(山梨県民信用組合事件 最高裁判例)。
• 判断において考慮される要素: 自由な意思による合意か否かは、単にサインしたという事実だけでなく、以下の点から慎重に判断されます。
o 変更によってもたらされる不利益の内容および程度
o 合意に至った経緯およびその態様
o 事前の労働者への情報提供または説明の内容(メリット・デメリットなどの詳細な説明)

② 就業規則の変更によって一方的に変更する場合の要件
従業員からの個別合意が得られない場合、会社は就業規則を変更することによって不利益変更を行うことになりますが(労働契約法第10条)、これが認められるハードルは非常に高いとされています。有効となるためには、以下の要件をすべて満たす必要があります。
• 要件①:変更後の就業規則を労働者に「周知」させること
• 要件②:変更が以下の5つの要素に照らして「合理的」であること
1. 労働者の受ける不利益の程度
2. 労働条件の変更の必要性(例:経営状況の悪化を示す客観的数字など)
3. 変更後の就業規則の内容の相当性
4. 労働組合等との交渉の状況(過半数労組との協議や、労組がない場合は従業員説明会での分かりやすい説明など)
5. その他の就業規則の変更に係る事情

2.不利益変更に該当するか否かの実務的ポイント

上記の要件を満たし、不利益変更の有効性を少しでも高めるための具体的な措置として、以下のような手法が挙げられています。

• 経過措置(激変緩和措置)の設定: 変更後すぐに不利益を生じさせるのではなく、数年単位の移行期間を設けたり、旧制度と比較して高い方の給与を支給したりするなどの「経過措置」を設けることが、合理性を認めるための一要素になります。
• 減額幅の調整: 給与の減額幅が10%を超えると労働者の生活に与える影響が非常に大きくなると考えられています。そのため、減額幅が10%以内に収まるように調整手当で補填したり、特定の従業員層(役職者など)に減額幅を偏らせて新入社員の減額幅を少なくするなどの調整を行うことが有効です。
• 丁寧な説明と代替案の提示: 不利益を被る労働者に対し、会社の財務数字などを示して誠実に状況を説明し、質問受付と回答を実施することや、休職制度の変更時などには別途「健康手当」などの恩恵をセットで導入することなども考慮されます。

3.基本給や賞与の減額が不利益変更とみなされる場合

基本給や賞与の減額が「労働条件の不利益変更」とみなされるかどうかの境界線は、主に**「それが労働契約上の明確な権利(確定した条件)として認められているかどうか」**にあります。
具体的には、以下のような判断基準(境界線)が示されています。

(1)賞与の減額・不支給
• 不利益変更になるケース: 賃金規程や雇用契約書に「賞与は基本給の1か月分」などと明確に記載されている場合や、「会社がどのような経営状態にあろうと必ず支給する」という確固たる労使慣行が成立している場合は、減額や不支給にすると不利益変更となります。
• 不利益変更にならないケース: 規程に「業績等によって賞与を支給しないことがある」と記載されている場合は、不利益変更には該当しません。これは、賞与がその都度金額を決める性質のものであり、従前と同額をもらえる契約にもともとなっていないためです。ただし、この場合でも従業員への丁寧な説明はしたほうがよいでしょう。

(2)定期昇給のストップ・基本給減額
• 不利益変更になるケース: 賃金テーブルで昇給額が決まっていたり、等級の昇級に合わせて賃金が上がるルールが決まっている場合、昇給を見送る(据え置く)だけでも不利益変更となり得ます。また、会社が定めた賃金テーブルよりも有利な条件で個別に合意して採用した社員に対し、後から一方的に賃金テーブル通りに給与を下げることも不利益変更にあたります。
• 不利益変更にならないケース: 賞与と同様に、「業績等によって昇給しないことがある」という記載がある等、毎年同じ額だけ昇給するという合意がない場合は、昇給見送りは不利益変更には該当しません。

(3)不利益変更ではなく「別の問題」として扱われるケース
給与が下がる場合でも、「不利益変更」ではなく、会社の人事権や懲戒権の行使として適法性が判断されるケースがありますので、注意が必要です。
• 懲戒処分による減給: 非違行為等に対する懲戒処分として給与をカットする場合は、不利益変更の問題ではなく「懲戒処分の有効性」の問題となります。この場合、労働基準法第91条に基づく減給の制限(総額が一賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えない等)を守る必要があります。
• 降職に伴う役職手当のカット: 役職を解かれたことによって役職手当(例:10万円)が支給されなくなるのは、「その地位にあったからもらえた手当」がなくなるだけであり、不利益変更ではありません。これは人事権の行使に基づく「降職の有効性(権利の濫用がないか)」という別の問題として扱われます。

(4)制度変更(成果主義の導入など)による減額
従来の年功型から成果主義型の賃金制度へ変更し、評価によって給与が下がるようになった場合はどうでしょうか。 この場合、「今まで給料が下がる仕組みがなかったのに、新しい仕組みでは下がる」ことになるため、実際に給与が下がった従業員との関係では不利益変更の問題に該当します。 ただし、成果主義賃金への移行は社会的に容認されている面もあるため、丁寧な説明を行い、減額幅が10%以内に収まるように調整手当を出したり、移行期間(経過措置)を設けたりすることで、制度変更そのものの「合理性」が認められ有効となるケースもあります。

(5)小括
以上をまとめますと、「規程などで確定した権利になっている給与・賞与を会社都合で下げる(または据え置く)」場合は不利益変更にあたり、「業績連動等の条件付きのものを下げる」「適法な懲戒や降職によって手当が外れる」場合は不利益変更には該当しない(または別の法律問題になる)、というのが基本的な境界線となります。

4.就業規則を一方的に変更する際の「合理性」の判断基準とは

(1)労働契約法第10条に基づき、就業規則の変更によって労働条件を一方的に不利益変更する場合、その変更が有効と認められるためには、変更後の就業規則を労働者に「周知」させたうえで、以下の5つの要素(判断基準)に照らして「合理的」であると判断される必要があります。
具体的な「合理性」の判断要素は以下の5点です。
1. 労働者の受ける不利益の程度
2. 労働条件の変更の必要性
3. 変更後の就業規則の内容の相当性
4. 労働組合等との交渉の状況
5. その他の就業規則の変更に係る事情

(2)この合理性判断においては、実務上以下のようなポイントも重要な考慮要素となります。
• 経過措置の有無: 経過措置(移行期間を設けるなど)があることのみを理由に合理性が認められるわけではありませんが、判断の一要素となるため、設けた方がよいとされています。
• 交渉や説明のプロセス: 過半数労働組合がある場合は協議を行い、ない場合でも、従業員説明会を実施して分かりやすい文書で説明を行ったり、質問受付期間と回答一覧を作成したりすることが推奨されます。
• 他の従業員の同意状況: 他の従業員がその不利益変更に合意しているかどうかも、判断材料の1つとなります。そのため、合意が取れる従業員からは個別に合意を得ておくことが有効です。
• 従業員代表の反対があった場合: 従業員代表が「断固反対」している状況でも就業規則の変更届出自体は可能ですが、その変更後の労働条件を一方的に適用しようとすると、合理性が否定されるリスクが非常に高くなります。

なお、これらの判断基準はあくまで会社が「一方的に」変更する場合**に求められるものであり、従業員と個別に合意して変更する場合には、これらが必ずしも必須の要件になるわけではありません。

5.激変緩和措置として有効な経過措置の具体例

労働条件の不利益変更を伴う際、有効な「経過措置(激変緩和措置)」として具体的に以下のような手法が挙げられています。

• 10%を超える減額分を補填する「調整手当」の支給: 給与の減額幅が10%を超えると労働者の生活に与える影響が非常に大きくなるため、10%を超える減額幅については「調整手当」として補填し、実際のマイナスを10%以内に収める方法です。
• 旧制度と新制度で「高い方」を支給する: 新制度への移行期に不利益が出る場合、旧制度の給与額と比較して金額が高い方を支給するという措置です。
• 十分な移行期間(2〜3年)の設定: 成果主義型の賃金制度などが軌道に乗るまでには2〜3年かかると考えられるため、その移行期間中に生じる不利益に対して手当などの補填を維持する。
• 減額期間の限定や、対象層による減額幅の傾斜: 賃金を減額する期間を限定したり、役職者などの減額幅を増やす一方で、新入社員の減額幅は少なくするといった、従業員層に応じた調整を行う。
• 既存社員への一部適用除外: 休職期間を短縮するなどの制度変更において、「すでに在職中の社員には適用しない」「すでに休職中である者には適用しない」として、既存の対象者を不利益から守る(または旧ルールを適用する)。
• 代替となる恩恵(手当など)のセット導入: 例えば休職制度を不利益に変更する代わりに、休職制度を利用しない従業員に対しても恩恵がある「健康手当」をセットで導入するなど、別の形で利益を提供する。

なお、経過措置を設けたことのみをもって直ちに不利益変更の合理性が認められるわけではありませんが、有効性を判断するための重要な「一要素」となるため、実務上はこうした措置を設けた方がよいとされています。

6.労働組合がない場合の従業員説明会での推奨事項

労働組合がない場合の従業員説明会において、「法的に絶対必須の項目」として明確に定められたものはありません。しかしながら、不利益変更の有効性(合理性)を高めるために実施すべき推奨事項として、以下の対応が挙げられています。

• 分かりやすい文書等の配布と説明: 変更点について、従業員が理解できるような「分かりやすい文書や表」を配って説明を行うこと。
• 質問受付期間の設定と回答一覧の作成: 従業員からの疑問を受け付ける「質問受付期間」を設け、それに対する「回答一覧」を作成すること。
さらに、経営状況の悪化などを理由とする賃金減額の合意を求めるような場面では、以下の項目も説明に含めるべきとされています。
• 会社の数字(客観的な経営状況)の提示: 財務諸表そのものでなくとも、会社の数字を出し、「このままだと非常に厳しい」という状況を客観的な数字を示して説明すること。

これらのプロセスを丁寧に行うことが、会社側の誠実な説明・交渉態度として評価され、結果的に不利益変更の合理性が認められやすくなります。

7.不利益変更の合理性が認められた裁判例

就業規則の変更による一方的な不利益変更について、その「合理性」が肯定(有効と判断)された裁判例として以下の2つのケースが紹介されています。

① 労働時間延長の不利益よりも「休日増の利益」が評価されたケース
【羽後銀行事件(最高裁平成12年9月12日判決)】
• 変更の内容: 週休2日制を導入する代わりに、1日の労働時間を延長した(平日は10分、年間の特定日95日は60分の延長)事案です。
• 合理性が認められた理由: 週休2日制を実施するために労働時間を延長する必要性が高かった一方で、労働時間の延長やそれに伴う時間外勤務手当(残業代)の減少の「不利益の程度」はさほど大きくないと判断されました。さらに、労働者側には「休日が増えるという利益」もあったため、総合的に見て変更は合理的であると肯定されました。

②業績悪化に伴う給与減額が「10%以内」に収まっていたケース
【シオン学園事件(東京高裁平成26年2月26日判決)】
• 変更の内容: 自動車教習所が生徒の大幅な減少により赤字に陥ったため、労働組合と交渉を重ねたうえで、基本給の引き下げ(22万9200円から19万4200円へ)、勤続給・技術給・年齢給の廃止、教習手当の変更などを行う給与規程の改定を実行した事案です。
• 合理性が認められた理由: 労働組合との交渉を経ていることや、給与の減額割合が「平均8.1%」にとどまっていたこと、また減額後であっても同県内の他の教習所と比較して給与水準が低額とはいえないことなどが評価され、変更の合理性が肯定されました。

この判例から、給与を減額せざるを得ない場合、「減額幅が10%以内にとどまるかどうか」が合理性を認められるための一つの目安になることがわかります(必ず有効となるわけではありません)。

③【参考:不利益が大きすぎて合理性が「否定」されたケース】
一方で、これらとは対照的に合理性が否定(無効と判断)された裁判例も示されています。 【みちのく銀行事件(最高裁平成12年9月7日判決)】では、55歳以上の管理職を対象に賃金制度を変更し、標準賃金額を33%~46%も引き下げた事案について、変更の必要性は認められつつも「不利益が大きすぎること」や「高齢の特定層にのみ不利益を受忍させることは相当ではない」として、合理性が否定されています。

これらの裁判例から、不利益変更の合理性が認められるためには、「会社側の変更の必要性」だけでなく、「労働者が受ける不利益の程度(給与減額なら10%以内か、代替の利益があるか等)」のバランスが非常に重要視されることが分かります。

8.就業規則の不利益変更への対応等に関するご相談は、専門の法律事務所へ

法律事務所瀬合パートナーズでは、企業の健やかな組織運営を法的な側面からサポートしています。本内容に関する法的な詳細、個別事案のご相談は当事務所までお気軽にお問い合わせください。

 

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