退職者が同業他社に行った際のリスク
目次
1 従業員の退職により発生するリスク
従業員は,会社に勤めている間に様々な業務上のノウハウや秘密情報を得ています。従業員は退職した場合、自らの利益のために得たノウハウ・情報を利用しようとしますので,会社の利益が損なわれるリスクがあります。具体的には,以下のようなリスクが懸念されます。
(1)競業他社への就職
退職後に従業員が競合他社に就職することは,十分に考えられます。従業員は競業他社においても,前会社で得たノウハウ・人脈を利用して利益を上げようとしますので,市場が競合する他社のために利用されることにより、会社の利益が損なわれる可能性があります。
(2)秘密情報の持ち出し
従業員が、退職後の使用を想定して、会社の技術情報などの秘密情報を持ち出すリスクがあります。これらの情報が他社に流れてしまうと優位性が失われて,会社に大きな損害が発生する可能性があります。
(3)顧客への営業活動
従業員は,自らが担当していた顧客に対し,深いつながりを持っています。従業員が,退職後に独立して担当顧客を奪っていくという事態はよくあることです。担当顧客にとどまらず,退職時に会社の顧客情報を持ちだして,営業をかけるという事態も珍しくありません。
従業員が退職後に顧客を奪っていくリスクは,当然に想定しておくべきでしょう。
2 退職後のリスクを防ぐ競業避止義務とは?
競業避止義務とは,使用者と競合する業務を行わない義務をいいます。労働者は,在職中においては,他社で勤務したり,他の営業をしたりすることは禁止され,明示の特約がなくとも雇用契約の付随義務として競業避止義務を負うと解されています。しかし,退職後については,企業と従業員の契約関係は終了していますし,憲法22条により労働者は職業活動の自由を有していますので,原則として競業避止義務はなくなります。
それでは,従業員の退職後のリスク回避のため,退職後も従業員に競業避止義務を課すにはどうすればよいのでしょうか。
職業活動の自由を直接制限する退職後の競業避止義務については明確な合意や就業規則による明示の根拠が必要であると解されます。ただし,このような競業避止義務の特約があるからといって,その特約は無制限に有効であるわけではありません。競業避止義務は合理的な範囲である必要があり,判例は,その合理的な範囲の判断について,制限の期間,場所的範囲,制限の対象となる職種の範囲,代償の有無等について,使用者の利益,従業員の不利益及び社会的利害の三つの視点から検討するとしています(ファセコ・ジャパン・リミテッド事件 奈良地判昭和45年10月23日)。
3 競業避止を従業員に義務付ける際のポイント
上記のとおり,競業避止義務の有効性は各要素を総合考慮して決められることになります。もっとも,競業避止義務を課す期間としては2年間というのが一つの目安となります。それ以上の期間について競業避止義務を課すような場合は,他の要素に競業避止義務を課されてもやむを得ないといえるだけの事情が必要になるでしょう。例えば,営業部長の地位にあった者が,退職時に顧客情報を利用できないようにしておきつつ自らは顧客情報を利用して営業活動を行ったという悪質性が認められる事案について,3年間の競業避止義務特約の有効性が認められています。
また,合理性判断において代償措置の有無は重要な要素です。代償措置は他の労働者との比較において競業避止義務を負う従業員の不利益に見合った対価が付与されているか否かという視点から検討する必要があるとされています。具体的には,在職中には,在職中に他と比べ高い給与を得ている,多額の退職金を受け取っている等の金銭的な手当がされているかが考慮されることになります。
4 義務違反があった際の対応
退職後に,従業員が競業避止義務に違反した場合は,どのように対応すべきでしょうか。
まずは,従業員に対し,義務違反行為をやめるように,内容証明郵便での警告文を送ることが考えられます。それでも,義務違反を繰り返す場合には,以下の法的請求を検討すべきです。
(1)損害賠償請求
退職した従業員の競業避止義務違反によって、損害を被ったときには、その損害について損害賠償請求することができます。
(2)差止請求
従業員が、会社の内部情報を持ち出して転職先で使用しているおり,その使用をやめさせたい場合に,差止請求をすることが考えられます。
もっとも、差止請求は、従業員の職業選択の自由を侵害する程度が著しいため,認められない可能性も少なくありません。
5 最後に
以上のとおり,退職する従業員に有効な競業避止義務を課すには専門的な判断が必要になります。従業員が問題を起こしてからでは対応できない場合もありますので,問題のある従業員が退職する場合はあらかじめ弁護士にご相談されることをおすすめします。
以上