長澤運輸事件第一審、控訴審判例解説
【1.事案の概要】
控訴人(被告)会社を定年退職した後に控訴人(被告)との間で有期労働契約を締結して就労している被控訴人ら(原告ら)が、被控訴人ら(原告ら)と正社員との間に不合理な労働条件の相違が存在すると主張した事案です。
なお、控訴人(被告)会社は一般貨物自動車運送事業者で、セメント、液化ガス、食品の輸送事業を営んでおり、平成27年9月1日当時、バラセメントタンク車21台を含む運送車両合計54台を保有しており、従業員は66名でした。
【正社員と定年再雇用の嘱託職員との労働条件の違い】
正社員 | 定年後再雇用者採用条件 (H22.4.1策定時) |
定年後再雇用者採用条件(H26.4.1 改訂時) | |
基本給 (9条) |
在職給と年齢給から成る 年功序列制(月給制) 最低8万9100円 上限12万1100円 |
10万円 | 12万5000円 |
能率給 (12条) |
10トン撒車 4.60% 12トン撒車 3.70% 15トン撒車 3.10% 撒車トレーラ 3.15% |
※歩合給 撒車(13トン,15トン) 稼働率×10% |
※歩合給 12トン撒車 稼働率×12% 15トン撒車 稼働率×10% トレーラ 稼働率×7% |
職務給 (13条) |
10トン撒車 7万6952円 12トン撒車 8万0552円 15トン撒車 8万2592円 撒車トレーラ 8万2900円 |
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精勤手当 (14条) |
5000円 | ||
無事故手当 | 5000円 | 1万円 | 5000円 |
住宅手当 (16条) |
1万円 | ||
家族手当 (17条) |
妻5000円,子1人につき5000円(2人まで) | ||
役付手当 (18条) |
班長 3000円 組長 1500円 |
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超勤手当 (19条) |
時間外・休日手当を支給 | 時間外・休日手当を支給 | 時間外・休日手当を支給 |
通勤手当 | 1か月定期代(上限4万円) | 1か月定期代(上限4万円) | 1か月定期代(上限4万円) |
賞与 (49条口) |
原則として年間で基本給5か月分 | 支給しない | |
退職金 | 3年以上勤務した場合に支給 | 支給しない | |
調整給 | 老齢年金の報酬比例部分が支給されない期間につき月2万円 | ||
欠勤控除 | 基本給・無事故手当は日割り。通勤手当は出勤率85%未満の場合に日割り。 | 基本給・無事故手当は日割り。通勤手当は出勤率85%未満の場合日割り。 | |
業務内容 | 撒車に乗務して指定された配達先にバラセメントを配送する | 業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはない |
※条数を記載したものが、原告らが適用を求めている賃金規定
【2.被控訴人ら(原告ら)の請求】
被控訴人ら(原告ら)は、主位請求として、次の2点を求めました。
(主位請求)
①正社員就業規則の適用を受ける労働契約上の地位の確認
②正社員就業規則の規定により支給されるべき賃金と実際に支給された賃金との差額(及びこれに対する遅延損害金)の支払
また、主位請求が認められなかった場合に備えて、次の点も求めました。
(予備的請求)
正社員と定年再雇用の嘱託職員との労働条件の差異を生じる嘱託就業規則により本来支払うべき賃金を支払わなかったことが労働契約法20条に違反するとともに公序良俗に反するとして、不法行為に基づき差額賃金相当額の損害賠償請求
【3.原審(第一審)判決】
第一審は、原告らの主位的請求をすべて認めました。
- 原告らが一般の就業規則等の適用を受ける労働契約上の地位にあることを確認する。
- 被告は原告らに対し差額賃金および遅延損害金を支払え
【4.控訴審主文】
これに対して、控訴審は原審(第一審)の判決を取り消し、被控訴人ら(原告ら)の請求をいずれも棄却しました。この判断に対して、被控訴人ら(原告ら)は上告しています。
(控訴審判決)
- 原判決を取り消す。
- 被控訴人らの控訴人に対する各主位的請求及び各予備的請求をいずれも棄却する
【5.争点(控訴審で取り上げた争点)】
①労働契約法20条違反の有無
ⅰ 本件相違が「期間の定めがあることにより」生じたものか(=労働契約法20条の適用の有無)
ⅱ 本件相違が不合理と認められるか
②不法行為の成否
【6.控訴裁判所の判断】
(1)争点①労働契約法20条違反の有無
ⅰ 本件相違が「期間の定めがあることにより」生じたものか(=労働契約法20条の適用の有無)
【控訴裁判所の判示】
「期間の定めがあることにより」という文言は、有期契約労働者の労働条件が無期契約労働者の労働条件と相違するというだけで、当然に同条の規定が適用されることにはならず、当該有期契約労働者と無期契約労働者の間の労
働条件の相違が、期間の定めの有無に関連して生じたものであることを要するという趣旨であると解するのが相当であるが、他方において、このことを超えて、同条の適用範囲について、使用者が専ら期間の定めの有無を理由と
して労働条件の相違を設けた場合に限定して解すべき根拠は乏しい。」(ここまでは原審(第一審)と同じ)
「現実に、我が国における有期労働契約は、雇用者側からは、賃金節約や労働力の需要変動等に基づく雇用調整を弾力的に行うこと等を目的として締結されることが多く、被用者側からは、勤務時間、勤務地ないし責任の度合い
等について自己の家庭状況等に合った働き方ができるという観点や、専門分野の知識経験等特別の資質等を生かすという観点から選択されることがあるものである。そして、雇用者が、賃金節約や雇用調整の弾力性を図るために
締結した有期労働契約について、事案の内容次第で労働契約法20条が適用されることは論をまたないところである。」
⇒控訴人が、高年齢者雇用安定法が定める選択肢の1つとして、被控訴人らと有期労働契約を締結したのは、賃金節約や雇用調整を弾力的に図る目的もあるものと認められる。よって、当該労働条件の相違(本件相違)が期
間の定めの有無に関連して生じたものであることは明らかというべき(労働契約法20条の適用有り)
ⅱ 本件相違が不合理と認められるか
ア.労働契約法20条の判断要素として、①職務の内容、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲のほか、と③その他の事情との関係
【原審(第一審)の判示】
・①②を特に重要な考慮要素として位置づけている
・パートタイム労働法9条は、待遇の相違が不合理なものであるか否かを問わない
「これらの事情に鑑みると、有期契約労働者の職務の内容(①)ならびに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(②)が無期契約労働者と同一であるにもかかわらず、労働者にとって重要な労働条件である賃金の額につい
て、有期契約労働者と無期契約労働者との間に相違を設けることは、その相違の程度にかかわらず、これを正当と解すべき特段の事情がない限り、不合理であるとの評価を免れない。」
⇒本件において、特段の事情があるということはできない(労働契約法20条に違反する)
【控訴裁判所の判示】
「労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の相違が不合理と認められるか否かの考慮要素として、①職務の内容、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲のほか、③その他の事情を掲げており、その他の事情として考慮すべきことについて、上記①及び②を例示するほかに特段の制限を設けていないから、労働条件の相違が不合理であるか否かについては、上記①及び②に関連する諸事情を幅広く総合的に考慮して判断すべきものと解される。」
イ.①職務の内容、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲
「嘱託社員である被控訴人らと正社員の間には、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に差異がなく、控訴人が業務の都合により勤務場所や業務の内容を変更することがある点でも両者の間に差異はないから、有期契約労働者である被控訴人らの職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲は、無期契約労働者である正社員とおおむね同じであると認められる。」
ウ.③その他の事情について
・本件の有期労働契約は、控訴人が高年齢者雇用安定法により義務付けられている高年齢者雇用確保措置の選択肢の1つとして、控訴人を定年により退職した被控訴人らと控訴人の間で締結された労働契約である
・定年後継続雇用者の賃金を定年時より引き下げることそれ自体が不合理であるということはできない
・-控訴人が属する業種又は規模の企業を含めて、定年の前後で職務の内容
(①)並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(②)が変わらないまま相当程度賃金を引き下げることは、広く行われていることである
エ.ⅱ 本件相違が不合理と認められるか
・【①賃金の減額率】
控訴人における正社員の賃金体系は、基本給に年功的要素が取り入れられているものの、そのほかの賃金項目について、基本給の違いが金額に反映されることとなる超勤手当を別にすれば、勤続年数や年齢による違いがなく、基本給が最も低くなる在籍1年目で20歳以下の従業員と基本給が最も高くなる在籍41年目以上で50歳以上の従業員の間の賃金水準の相違は、月例賃金が3万8000円、賞与が19万円であり、年間64万6000円程度である。
他方、本件請求に係る期間について、被控訴人らが正社員であったとした場合に支給されるべき賃金と被控訴人らに実際に支給された賃金の差額は、・・・被控訴人らに対する賃金の引き下げ幅は、超勤手当を考慮しなくとも、年間64万6000円を大幅に上回るものである。
控訴人は、被控訴人らを含めた定年後再雇用者の賃金について、定年前の79パーセント程度になるように設計しており、現実に、定年1年前の年収と比較すると、・・・控訴人の想定と大差なく、かつ、前記のとおり控訴人の属する規模の企業の平均の減額率をかなり下回っている※。このことと、控訴人は、本業である運輸業については、収支が大幅な赤字となっていると推認できることを併せ考慮すると、年収ベースで2割前後賃金を減額になっていることが直ちに不合理であるとは認められない
※独立行政法人労働政策研究・研修機構の平成26年5月付け「高年齢社員や有期契約社員の法改正後の活用状況に関する調査」結果によれば、控訴人と同じ運輸業において、定年到達時に同じ仕事をしている割合は87.5%であり、継続雇用者の年間給与の水準の平均値は68.3%、中央地が70%、控訴人と同規模の従業員数が50人から100人未満の企業の平均値は70.4%であるとされている。
・【②諸手当】
控訴人が、①無期契約労働者の能率給に対応するものとして有期契約労働者には歩合給を設け、その支給割合を能率給より高くしていること、②無事故手当を無期契約労働者より増額して支払ったことがあること、③老齢厚生年金の報酬比例部分が支給されない期間について調整給を支払ったことがあるなど、正社員との賃金の差額を縮める努力をしたことに照らせば、個別の諸手当の支給の趣旨を考慮しても、なお不支給や支給額が低いことが不合理であるとは認められない
・【③昇給・退職金の不支給】
嘱託社員の場合には、勤続しても基本賃金その他の賃金の額に変動はなく、退職金が支給されることもないとしても、被控訴人らが一旦退職して退職金を受給していること、その年齢等を考慮すると、本件の有期契約労働者が長期にわたり勤務を続けることは予定されていないことを考慮すると、不合理性を基礎付けるものとはいえない
・【④再雇用の意図】
控訴人は、定年退職者を再雇用して正社員と同じ業務に従事させる方が、新規に正社員を雇用するよりも賃金コストを抑えることができるという意図を有していた・・・定年退職者の雇用確保措置として、継続雇用制度の導入を選択することは高年齢者雇用安定法が認められるところであり、その場合に職務内容やその変更の範囲等が同一であるとしても、賃金が下がることは、広く行われていることであり、社会的にも容認されていると考えられるから、前記の控訴人の意図は、労働契約法20条にいう不合理性を当然に基礎付けるものではない
・【⑤団体交渉】
控訴人と本件組合の間で、定年後再雇用者の賃金水準等の労働条件に関する一定程度の協議が行われ、控訴人が本件組合の主張や意見を聞いて一定の労働条件の改善を実施したものとして、考慮すべき事情である
オ.結論
本件相違は、労働者の職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情に照らして不合理なものであるということはできず、労働契約法20条に違反するとは認められない
(2)不法行為の成否
【控訴裁判所の判示】
「控訴人が、被控訴人らと有期労働契約を締結し、定年前と同一の職務に従事させながら、賃金額を20ないし24パーセント程度切り下げたことが社会的に相当性を欠くとはいえず、労働契約法又は公序(民法90条)に反し違法であるとは認めらない」
【7.検 討】
(1)労働契約法20条の考慮要素
労働契約法20条の考慮要素(①職務の内容、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲のほか、③その他の事情)について、原審は、「①②を特に重要な考慮要素として位置づけている」のに対し、控訴審は、「上記①及び②の要件を重視せず、③「その他の事情」をあわせて、関連する諸事情を幅広く総合的に考慮して判断」する
⇒文言解釈としては、原審の方が自然にも思えます。
(2)賃金の減額率
本件では、控訴人の属する規模の企業の平均の減額率70.4%をかなり下回っていること等から、年収ベースで2割前後の賃金の減額について、直ちに不合理であるとはいえないとするが、業界平均である3割程度であれば、本当に不合理であるとはいえないのでしょうか。
(3)個々の労働条件
本件では、個々の労働条件の相違には一切立ち入らず、正社員との賃金の差額を縮める努力をしたことを、不合理性の判断において斟酌しているが、特に、職務給についてはその業務内容が同一であるにもかかわらず一切考慮しない等、画一的な態度には違和感が残ります。
最高裁の判決が平成30年6月1日に言い渡される予定ですので、その判断を待ちたいと思います。
以 上
企業は、日々、労働組合からの団体交渉の申し入れ、元従業員からの残業代請求、ハラスメント(パワハラ、セクハラ)の訴え、解雇に伴うトラブルなど、あらゆる課題を抱えています。誰にも相談できずに悩まれていらっしゃる経営者の皆様も多いと思いますが、まずは一度、労働問題に強い弁護士にご相談ください。