カスタマーハラスメント対応と正当なクレームとの判断基準

1 はじめに

かつて、「お客様は神様です」といった言葉がサービス業を中心に当り前にように言われ、企業はお客様の声に何でも応えようとする時代がありました。
しかしながら、近時、多くの企業からカスタマーハラスメントの対応について、ご相談を受けることが増えました。
厚生労働省の企業調査でも、過去3年間の相談件数は増加傾向にある企業様が多く、勤務先でカスタマーハラスメントを一度以上経験したものの割合は15.0%であり、パワハラ(31.3%)の次に回答割合が高いという結果が出ているようです。
また、カスタマーハラスメントへの対応を誤ると、メンタルヘルス不全が生じる等、従業員の日常生活に支障が出るおそれがあります。まず、企業としては、自社の従業員をカスタマーハラスメントから守らなければなりません。さらに、日常の業務に支障がでる等、企業の生産性に影響が生じるおそれもあります。そして、SNSを使ったカスタマーハラスメント等の場合、企業へのリピュテーションリスクが生じるおそれもあります。
なお、カスタマーハラスメントへの対応を誤ると、企業が従業員に対し、安全配慮義務違反を理由に損害賠償責任を負うおそれがありますので、注意が必要です。また、2023年9月1日付けで、カスタマーハラスメントが労災の認定基準に追加されたことも見逃せません。
このような点から、企業はカスタマーハラスメントを経営課題の一つにあげ、対応に取り組まれるようになってきました。では、企業はカスタマーハラスメントに対し、具体的にどのように対応していけばよいのでしょうか。

2 カスタマーハラスメントとは

カスタマーハラスメントとは、顧客や取引先からのクレームを全て意味するものではありません。
現在、企業や業界により、顧客等への対応方法や基準が異なることが想定されるためか、カスタマーハラスメントについて、定義された法律はありません。しかし、厚生労働省が作成した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」によれば、次のように定義されています。
【カスタマーハラスメントの定義】
顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの

上記定義については、労働者の就業環境を害する点については含めない方がよいとする意見もございますが、ここでは上記定義を前提にして、以下、説明していきたいと思います。

3 正当なクレームとカスタマーハラスメントとの判断基準

実際に、現場の従業員を悩ますのは、正当なクレームとカスタマーハラスメント(不当・悪質なクレーム)との区別です。正当なクレームは、顧客や取引先の不満を解消し、自社の商品やサービスを見直すチャンスにもなります。そこで、正当なクレームがあった場合、企業としては真摯に耳を傾け、誠実に対応していく必要があるでしょう。これに対して、カスタマーハラスメント(不当・悪質なクレーム)は、現場の従業員の心身を疲弊させ、メンタルヘルス不調や離職を招く等、企業の生産性を大きく下げる要因にもなり得ます。
では、正当なクレームとカスタマーハラスメント(不当・悪質なクレーム)とはどのように区別すればよいのでしょうか。一般的には、➀顧客等の要求内容の妥当性の有無と➁要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲か、という2点から判断されます。
判断する際の過程ですが、
まず、➀の要求内容が妥当でなければ、➁の判断を待たず、カスタマーハラスメントに該当すると判断します。代表的な例としては、要求内容が対象企業の提供する商品やサービスと関係がない場合、要求内容が妥当性を欠くと判断します。
次に、➀の要求内容が妥当であると判断した場合に、➁の要求を実現するための手段・態様について判断していきます。例えば、顧客等が暴力を振るったり、土下座を要求する等といった手段・態様をとる場合、社会通念上不相当と判断されるでしょう。
以下の図表がイメージをつかみやすいのでご参考にしてみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(弁護士香川希理編著「カスハラ対策実務マニュアル」16頁(日本加除出版)より引用)

もっとも、実際には各企業の業種・業態によって、➀要求内容の妥当性と➁手段・態様の相当性は異なってくるものと思われます。そこで、各企業であらかじめカスタマーハラスメントの判断基準をマニュアル等で明確にしておき、社内で対応方針を統一化したうえで、現場と共有しておくことが重要でしょう。

4 カスタマーハラスメントの対応方法

(1)カスタマーハラスメントの対応方法としては、大きく分けて、【事前の防止策】と【事後の対応策】が考えられます。

【事前の防止策】

➀基本方針の策定

まず、企業としては、従業員を守り抜くという姿勢を基本方針にして発信するべきでしょう。基本方針を策定することで、カスタマーハラスメントに対する企業の姿勢が明確になり、社内に安心感が生まれます。特に近時は、「ビジネスと人権」が重要な経営課題の一つとなっています。カスタマーハラスメント対策を「ビジネスと人権」という観点から取り組まれている企業様は、まだまだ少ないようです。そこで、基本方針を策定するにあたっては、「従業員の人権」を守るという視点とキーワードを是非取り入れてみてください。

➁相談対応窓口等の設置や組織の整備

カスタマーハラスメントを受けた従業員が、常に相談できるよう相談対応窓口を設置しましょう。相談対応窓口としては、日頃から現場に精通しており、迅速に対応することが期待できることから、現場管理職が相談対応者となる等、まずはレポートラインが中心となって設置するのがよいでしょう。
また、相談対応者は、事実関係の確認、関係部署との情報共有と連携、相談者へのフォローなど、重要な役割を担うことになります。そこで、相談対応者への教育や定期的な研修等を実施することが必要となります。
さらに、企業は、対策を現場任せにするのではなく、率先して推進していく等、組織全体で取り組む必要があります。
そこで、現場の相談窓口とは別に、本社組織において担当部署を決める必要があります。既存の担当部署が担当してもよいのですが、横断的な対応を求められることがありますので、できれば、本社組織の人事部や総務部、コンプライアンス部などが中心となり、基本方針や対応マニュアルの策定、教育や周知の方法、再発防止策などといったカスタマーハラスメント対策の全体を所管するためのチームを設けるのがよいでしょう。

➂対応マニュアルの策定

実際に、カスタマーハラスメントが生じた場合に適切に対応がとれるように、具体的な対応方法について、事前に対応方法を準備しておきましょう。
また、各企業の業種、業態等によって、カスタマーハラスメントへの対応方針が異なると思います。そこで、各企業によって想定されるカスタマーハラスメントの態様について、行為類型ごとに具体的に対応方法を定めておくのがよいでしょう。行為類型としては、拘束型(職場内・職場外)、威嚇・脅迫型、暴言・暴力型、プライバシー・名誉毀損型(SNS投稿を含む)、セクシャルハラスメント型等が考えられます。
カスタマーハラスメントが疑われる場合、その後の法的対応などを想定して、証拠(録音・録画・経過報告書等)を収集してください。また、カスタマーハラスメントが悪質な場合は、単独での対応は避け、複数名で対応することで、担当者の心身の負担を減らすようにしましょう。
業界によっては、法的根拠がある場合は、安定した対応が可能となるといった点からもそれを拠り所に対応方法を定められた方がよいでしょう(例えば、航空業界であれば、航空法第73条の3第1項「安全阻害行為等の禁止等」をベースとする等)。
また、カスタマーハラスメントの内容によっては、本社と連携して、法的な手続や警察・弁護士等と協力していく必要があります。そこで、本社へ報告すべき事項・判断基準、共有すべき内容、本社から相談・協力を求める先等、内部手続の手順をあらかじめ定めておきましょう。

➃従業員への教育・研修

従業員が、カスタマーハラスメントに対し、適切に対応できるように、日頃から教育・研修を実施しておくことが重要となります。具体的な教育・研修の内容としては、正当なクレームとカスタマーハラスメント(不当・悪質なクレーム)との判断基準、対応マニュアルの周知・共有、類型別の対応方法、証拠や記録の収集方法、本社との連携方法等が考えられます。特に、カスタマーハラスメントが生じた場合に、現場の従業員が適切に対応できるように、類型別にケーススタディを実施するのがポイントです。

【事後の対応策】

また、実際にカスタマーハラスメントが生じた場合、企業としては次のような対応をとりましょう。

➄事実関係の調査と対応

まず、正当なクレームなのかカスタマーハラスメント(不当・悪質なクレーム)なのかを判別する必要があります。そこで、対象となっている従業員や顧客等から5W1Hを基本に聞き取りをしたり、客観的な証拠(メールや録音・録画等)や第三者の証言をもとに事実関係を把握します。判断に悩まれる場合は、弁護士等の専門家にご相談されるとよいでしょう。
その結果、正当なクレームであると判断した場合は、謝罪、商品の交換・返金に応じるべきでしょう。逆に、カスタマーハラスメント(不当・悪質なクレーム)であると判断した場合は、顧客等からの要求に応じてはいけません。場合によっては、警察と連携したり、弁護士と相談して法的手段をとることも検討していく必要があります。
また、カスタマーハラスメントを受けた従業員への配慮も怠ってはいけません。対象となった従業員がメンタルヘルス不調を訴えている場合は、受診を勧めたり、配置転換や休暇・休職制度の利用を検討しましょう。また、カスタマーハラスメントが執拗に繰り返される場合は、複数名で対応したり、組織的に一体となって対応するようにしてください。

⑥再発防止策の検討

また、今後、同様の問題が発生することを防ぐために、発生原因の分析と究明、今後の再発防止策について、担当部署や所管するチームが中心となって検討し、改善に取り組みましょう。特に、過去に類似のカスタマーハラスメントが生じていた場合、再発防止策を講じていなければ、企業の安全配慮義務違反は認められやすい傾向にありますので、注意が必要です。

(2)取引先企業との関係

カスタマーハラスメントが企業内におけるハラスメントと違うのは、会社と加害者との間に雇用関係がないということです。
そのため、カスタマーハラスメントの場合は、企業内におけるハラスメントの場合と違い、雇用関係に基づく指揮監督権などにより、未然防止の働きかけをしたり、加害者に対し、指導・懲戒権の措置をとることが出来ません。
そこで、企業としては、加害者の出入り禁止やハラスメント行為の差し止め等の措置を講じるために、利用規約の作成や変更、訴訟等の対応をとらなければならない場合があり、担当部署との連携や弁護士・所轄官庁との連携がより重要となってきます。
また、カスタマーハラスメントは、顧客だけでなく取引先企業との間でも発生するおそれがあります。そのため、実際にカスタマーハラスメントが発生した場合、取引先企業と協力して、事実関係の確認等の対応をとる必要があります。普段から、各取引先に対して協力する意思があることをお伝えして、コミュニケーションを密にとっておく等、良好な関係を築いておくことも大事です。
なお、取引先に対し優位な立場にある企業が、取引先企業の利益を不当に害するような行為をすると、独占禁止法における優越的地位の濫用や下請法に抵触するおそれがありますので、カスタマーハラスメントも含め、社内の従業員に周知・教育しておく必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(2022年3月)」より引用)

5 まとめ

カスタマーハラスメントは古くて新しい問題です。現場の従業員らは、日々、正当なクレームとカスタマーハラスメント(不当・悪質なクレーム)の区別に頭を悩ましながら、大変な思いをされて対応されており、その心身の負担は想像以上のものだと思います。企業としても、自社の従業員らの人権を守り、安心した職場環境を提供することで、生産性の高い組織を目指すことができます。カスタマーハラスメント対応については、決して現場任せにするのではなく、基本方針をトップメッセージとして発したり、組織としての体制を整え、マニュアルを策定する等、組織が一体となって取り組まなければなりません。
カスタマーハラスメント対応についてお悩みの企業様は、この分野に詳しい専門家にご相談してみてください。

 

労働問題に関するご相談メニュー

団体交渉(社外) 団体交渉(社内) 労働審判
解雇 残業代請求・労基署対応 問題社員対策
ハラスメント 就業規則 安全配慮義務
使用者側のご相談は初回無料でお受けしております。お気軽にご相談ください。 神戸事務所 TEL:078-382-3531 姫路事務所 TEL:079-226-8515 受付 平日9:00~21:00 メール受付はこちら