未払残業代の消滅時効の延長及び実務への影響
目次
1 民法の改正について
平成29年(2017年)12月20日,民法が大幅に改正されるとの内容の政令が公布されました。そして,その改正民法の原則的な施行日は,令和2年(2020年)4月1日と定められました。この民法の改正内容は多岐にわたりますが,その中でも,消滅時効に関しては,抜本的な改正がされましたので,注意が必要です。
民法改正前,消滅時効制度は,債権の性質や種類によって特別に短期で消滅時効が成立する場合も多数定められる等,分かりにくい制度となっていました。しかし,この民法改正では,債権の性質や種類にかかわらず,消滅時効は,①債権者が権利を行使することができることを知った時から5年,②権利を行使することができる時から10年のうち,より短い方になると定められました。
2 未払残業代の消滅時効について
もともと,未払残業代の消滅時効は,労働基準法上2年と定められていました。そうすると,民法改正により消滅時効が5年と改められたにもかかわらず,未払残業代の消滅時効を2年のままにしてしまうと,労働基準法は労働者の権利を保障するために民法の特別法であるにもかかわらず,民法の原則よりも短期間しか権利が保障されていないことになります。
そこで,未払残業代の消滅時効についても5年と改めた上,企業の負担に鑑み,当面の間,未払残業代の時効期間を3年とするとの経過措置が定められました。この経過措置は,令和2年(2020年)4月1日から適用されています。令和2年度に発生した未払残業代は,民法改正前の定めでは,令和4年(2022年)度に消滅時効が完成することとなっていましたが,経過措置により,令和5年(2023年)度まで消滅時効が完成しませんので,ご注意ください。
3 消滅時効の延長の対象となる未払残業代
消滅時効が3年に延長となる未払残業代は以下のとおりです。
◇金品の返還(ただし,賃金の請求に限る)
◇賃金の支払
◇非常時払
◇休業手当
◇出来高払制の保障給
◇時間外・休日労働等に対する割増賃金
◇年次有給休暇中の賃金
◇未成年者の賃金
4 未払残業代の消滅時効の延長が与える影響
(1)企業に与えるリスク
未払残業代の消滅時効が延長するということは,従業員が未払残業代を請求できる範囲が拡大するということを意味します。そのため,企業にとっては,未払残業代を請求されて紛争となるリスクが高くなりました。また,それに伴い,当該企業がいわゆるブラック企業にあたるとの評判が広まるレピュテーションリスクも高まったといえます。
未払残業代があった場合に,企業が従業員に支払わなければならない金額が従前よりも多額になったという点でも,企業に与える影響は小さくありません。加えて,未払残業代があった場合に企業が課せられ得る付加金についても,対象となる未払残業代の期間が延長となったことにも留意が必要です。
このように,未払残業代の消滅時効の延長は,企業にとって様々なリスクを高めるものですので,企業としては,これまで以上に,未払残業代が生じないように労務管理や賃金体系の整備を厳重に行う必要があります。
(2)資料の保管
また,未払残業代の消滅時効の延長に伴い,企業に課せられる未払残業代に関する資料の保存期間も延長となっていますのでご留意ください。対象となる資料は以下のとおりです。
◇労働者名簿
◇賃金台帳
◇雇入れに関する書類(雇用契約書、労働条件通知書、履歴書等)
◇解雇に関する書類(解雇通知書,解雇予告手当・退職手当の領収書等)
◇災害補償に関する書類(診断書,補償支払の領収書等)
◇賃金に関する書類(賃金変更通知書等)
◇その他の労働関係に関する重要な書類(出勤簿,タイムカード,労使協定書等)
◇労働基準法施行規則・労働時間等設定改善法施行規則で保存期間が定められている記録
5 まとめ
このように,企業の皆様は,労務管理,賃金体系の整備,資料の保管等,対応を強化していく必要があります。対応の際には,この分野に詳しい弁護士にご相談ください。