未払い残業代を請求された場合の対応方法

1.未払残業代とは

「未払い残業代」とは,法定労働時間である1日8時間,1週間で40時間(労働基準法32条1項,2項)を超える超過労働に対して支払われるべき時間外割増賃金が支払われてないか,支払われていても不当に低い場合の賃金債権のことをいいます。
この時間外割増賃金のことを「残業代」と呼んでおり,企業が従業員に残業代を支払うことは労働基準法により定められています。
この取り決めは,会社の規模や,従業員の雇用形態(正社員,派遣社員,アルバイト,パート等)に関係なく一律に適用されるため,万が一残業代が支払われなかった場合には従業員は企業に支払いを請求することができます。

 

2.未払い残業代を請求されたときに,どのように対処すべきか(反論事項)

(1)消滅時効の確認

残業代は,給与支払日の翌日から起算して一定期間が経過すると消滅時効にかかります。したがって,請求されている未払い残業代の支払日から数年が経過している場合,時効の利益を受ける意思を相手に伝えることで,支払い義務は消滅します。

2020年4月以前は2年で未払残業代の請求権は消滅時効にかかっていましたが,同月の民法改正で消滅時効の期間が延長され,権利が発生してから3年間は消滅時効にかからないことになりました。

 

(2)労働時間の管理

労働時間とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいいます。

そこで,従業員が主張している労働時間が,使用者の指揮命令下に置かれている時間と認定できるかが問題となります。たとえば,タイムカード上は労働していることになるが,実際は休憩時間とは別に毎日1時間は勝手に休憩にいっていたケースです。

勝手に休憩に行っていた時間は労働時間ではありませんので,その時間分の残業代請求は過剰ということになり,減額の反論が可能となります。

 

(3)残業を禁止していた

会社が従業員に対して残業禁止命令を出していた場合,従業員からの残業代請求を否定することができる場合があります。

もっとも,「残業を禁止する」という命令だけでは,残業代請求への反論には使えませんので,残業を禁止する旨に加えて,残務についての具体的な処理(たとえば,管理職に引き継ぐなど)まで指示しておく必要があります。

 

(4)固定残業代により支払い済み

「定額残業代」や「みなし残業代」などの名目で毎月固定の残業代を支給している会社の場合,残業代を支払い済みであるという反論をすることが可能です。そのため,反論をする前に雇用契約書や就業規則の規定を確認することをお勧めします。

もっとも,前提として会社が採用している固定残業代の制度が法律上有効であることの確認も必要となります。

 

 

3.初動でやってはいけない対応

(1)放置

従業員や元従業員から未払残業代について請求があった際に無視して放置してしまうと,訴訟を提起されることになります。訴訟を提起され,会社が敗訴すると認定された未払残業代に加えて遅延損害金がかかってきてしまいます。また,裁判で会社が悪質であると判断された場合,残業代の額と同額までの範囲で付加金の支払いを命じられることがあります。そのため,従業員等から請求があった際には何らかのアクションを取る必要があります。

 

(2)言われるがまま支払う

従業員等から請求されたとき,面倒だからと言って請求額をそのまますぐに支払う必要まではありません。言われるがまま支払ってしまうと本来支払う必要がなかった金額まで支払っている可能性がありますので,請求されたら一度専門家にご相談ください。

 

4.裁判例

(1)未払い賃金と損害賠償請求(福岡地裁平成30年9月14日)

  ア 事案の概要

 

本訴は,被告会社に雇用されて長距離トラック運転手として稼働していた原告が,①被告会社に対して未払割増賃金及び控除された賃金等の支払を求め,②被告会社の代表取締役である被告Y2及びその夫であり事実上の取締役とされる被告Y3に対し,それぞれ会社法429条又は民法709条に基づく損害賠償の支払を求め,③被告Y3及び被告会社に対し,被告Y3が原告に対してパワーハラスメント(以下「パワハラ」という。)を行ったと主張して,被告Y3については民法709条,被告会社については会社法350条により,損害賠償の支払を求めた事案である。反訴は,被告会社が,原告に対し,業務指示を受けていた運送業務を無断で放棄したことについて,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償の支払を求めた事案である。

 

  イ 争点

 

①本訴の主たる争点は,実態と異なる賃金算定方法を定めた就業規則の適用の可否(争点1),深夜割増賃金を基本給に含めるとの合意の成否(争点2),賃金控除の適法性(争点3),会社の賃金未払について代表取締役等の損害賠償責任の有無(争点4),パワハラの有無及び被告会社の責任(争点5)である。
会社側から主張した内容の争点は,業務の無断放棄による損害賠償責任の有無及び損害額(争点6)である。

 

  ウ 裁判所の判断

 

(1)争点1(実態と異なる賃金算定方法を定めた就業規則の適用の可否)

被告会社は,当初は土木工事業のみを営み,これを前提に就業規則(以下「本件 就業規則」という。)を定めていたものであり,後に長距離トラック運送業も営むようになったが,その際,本件就業規則の改正はしないままであった。被告会社は,土木工事業の従業員に対しては本件就業規則に定められた日給月給制で賃金を支払っていたが,原告を含む長距離トラック運転手に対しては担当路線ごとの売上に基づく出来高払制での賃金を支払っていた。

本判決は,本件就業規則には「会社に勤務するすべての従業員に適用する」との定めがあり,文言上長距離トラック運転手にも適用されるものとなっており,その他の労働条件の定めも長距離トラック運転手に不利益をもたらすものではないとして,労働契約法7条により,原告にも本件就業規則の日給月給制の定めが適用されるとし,仮に出来高払制の合意があったとしても最低基準効に反し,同法12条により無効であるとした。

また,本件就業規則は土木工事業を対象としており,長距離トラック運転手の労働実態と合わず,「合理的な労働条件を定めている」とはいえないとする被告らの主張に対しては,個別の合意によることなく労働者の労働条件を規律すべく就業規則を定めた使用者においてその拘束力を否定することは,禁反言の法理に反して許されないとした。

 

(2)争点2(深夜割増賃金を基本給に含めるとの合意の成否)

基本給に深夜労働等の割増賃金が含まれていると認めるには,通常の労働時間の賃金に当たる部分と深夜等の割増賃金に当たる部分とが判別できることが必要となるところ(最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決・集民172号673頁,判タ856号191頁),本判決は,原告の給与明細には判別に足る記載はなく,賃金算定の基となる路線単価を定めるに当たっても深夜労働の有無や長さは厳密に検討されてはいないから,基本給に深夜労働に対する割増賃金を含むとの合意が成立していたとは認められないとした。

 

(3)争点3(賃金控除の適法性)

賃金控除の合意が賃金全額払の原則(労働基準法24条)の例外として有効と認められるためには,労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要となるところ(最高裁昭和48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁,判タ289号203頁),本判決は,各賃金控除について,そのような合理的な理由を備えた合意は認められないとし,控除は違法であるとした。

 

(4)争点4(会社の賃金未払について代表取締役等の損害賠償責任の有無)

本判決は次のとおり判示して,いずれも責任を否定した。

 

■ア 代表取締役である被告Y2について

被告会社は,原告に対し,賃金全額を支払う義務や,本件就業規則に従って原告の時間外労働等を正確に把握してこれに応じた割増賃金を支払う義務を負っているにもかかわらず,これを怠っている。そして,被告Y2は代表取締役として,違法な賃金控除がなされないように監督する任務や,従業員の時間外労働等を正確に把握できるよう体制を整えた上で,その労働時間数に応じた割増賃金が確実に支払われるよう会社内部の制度を構築し実施する任務を負っていたにもかかわらず,これらを懈怠したものであり,任務懈怠は認められる。
しかし,被告Y2には任務懈怠について重大な過失があったとまではいえず,また,不法行為法上の過失といえるほどに高い注意義務違反があったとはいえない。

 

■イ 事実上の取締役とされる被告Y3について

被告Y3は,妻である被告Y2に命じて代表取締役に就任させたが,被告Y2は被告会社の業務決定に関与していなかったこと,被告Y3は,従業員の採用や賃金決定に関与し,他の役員からの相談を受け,対外的には被告会社グループのCEOの肩書を用い,役員や従業員からも「オーナー」と呼ばれていたことなどの事情から,事実上の取締役であると認められる。しかし,被告Y2と同様の理由で,損害賠償責任は認められない。

 

(5)争点5(パワハラの有無及び被告会社の責任)

本判決は,原告が,丸刈りにされて洗車用の高圧洗浄機を噴射されたり,ロケット花火を発射されて川に飛び込まされたり,社屋の入口前で土下座をさせられたりしたことについて,これらの事実についての記載が写真とともに被告会社のブログに掲載されていることから,被告Y3の指示があったものと認められるとして,パワハラに該当し,被告Y3は不法行為責任を負い,被告会社は,被告Y3が事実上の取締役であることから,会社法350条の類推適用により責任を負うとした。

 

(6)争点6(業務の無断放棄による損害賠償責任の有無及び損害額)

原告が被告会社から運送業務の具体的指示を受けた後にこれを無断放棄したことについて,労働者は具体的に指示された業務を履行しないことによって使用者に生じる損害を回避ないし減少させる措置をとる義務を負うとして,被告会社が宅配業者から受注していた業務を中止したことにより得られなくなった売上の限度で,原告の不法行為責任を認めた。

 

 

(2)日本ケミカル事件(最高裁判例平成30年7月19日)

 ア 事案の概要

 

保険調剤薬局を営むY社に勤務していた薬剤師Xが,Y社が固定残業代として支払っている業務手当は,みなし時間外手当の要件を満たさないから無効であるなどとして,時間外労働等に対する未払い賃金等の支払いを求めて提訴したもの。

XとY社間の雇用契約書には,賃金について「月額562,500円(残業手当含む)」,「給与明細書表示(月額給与461,500円 業務手当101,000円)」との記載,②採用条件確認書には,「月額給与 461,500」,「業務手当 101,000みなし時間外手当」,「時間外手当は,みなし残業時間を超えた場合はこの限りではない」等との記載,③Y社の賃金規程には,「業務手当は,一賃金支払い期において時間外労働があったものとみなして,時間手当の代わりとして支給する」との記載があった。

 

 イ 争点

 

みなし時間外手当の要件を満たすか

 

 ウ 裁判所の判断

 

①労基法37条は,同条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され,労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではないこと,②使用者は,労働者に対し,雇用契約に基づき,時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払うことにより,同条の割増賃金の全部又は一部を支払うことができる。

雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは,雇用契約書等の記載内容のほか,具体的事案に応じ,使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容,労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。

①本件雇用契約書及び採用条件確認書並びに賃金規程において,業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたこと,X以外の各従業員との間で作成された確認書にも同様の記載がされていたことから,Y社の賃金体系においては,業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置付けられていたということができること,②業務手当(約28時間分の時間外労働に対する割増賃金相当)は,実際の時間外労働等の状況と大きくかい離するものではないことから,Xに支払われた業務手当は,時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていたと認められる。

 

以上より最高裁判所は,高裁の判断は是認できないとして,会社敗訴の部分を破棄し,差し戻しを命じた。

 

 

5.残業代を請求されたときに弁護士に相談する意味/メリット

従業員から未払い残業代を請求されたとき,会社側からどのような反論が可能なのか冷静に検討し,実態に応じた適切な対応をとる必要があります。上記のとおり,初動対応を誤ってしまうと,取り返しのつかないことになる可能性があります。このようなことにならないためにも,未払い残業代を請求されたときには早急に専門家にご相談されることをお勧めします。

 

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