メンタルヘルス不調の問題を抱える社員の休職と復職可否の判断基準

1 はじめに

近時、精神障害にかかる災害請求件数と支給決定件数は、年々増加傾向にあります。また、メンタルヘルス不調を訴える社員の休職と復職の問題については、特有の問題点が多々あります。そこで、メンタルヘルス不調の問題を抱える社員に対して、会社は法的にどのように対応していけばよいのでしょうか。以下、説明させていただきます(なお、社員のメンタルヘルス不調は私病による休職制度利用を前提としていますので、その点をご了承ください。)。

2 一般的な復職の流れ

(1)社員がメンタルヘルス不調を訴え、私病による休職制度を利用する場合、一般的な復職の流れは、以下のとおりになります。

【一般的な復職の流れ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

厚生労働省 独立行政法人労働者健康福祉機構 「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」より引用)

このうち、メンタルヘルス不調をめぐる労使間における紛争の主要な争点は、「労働者の休職の可否」(➀で問題となる)と「労働者の復職の可否」(➁➂➃で問題となる/休職期間満了による自然退職または解雇の効力が争われる)です。

 

(2)職場復帰支援義務

使用者は、雇用契約における信義則上の付随的義務として、労働者に対して、物理的・精神的に良好な状態で就業できるように職場環境を整備する義務(=職場環境配慮義務)を負っており、その一環として、従業員の職場復帰を支援する義務があります(職場復帰支援義務)。
この点、労働契約法5条も、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定しています。
なお、職場復帰支援義務の具体的内容は、厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」を是非、ご参照ください。

 

(3)職場復帰支援「合理的配慮措置」と改正障害者雇用促進法

2016年4月1日から、改正障害者雇用促進法が全面施行されました。概要は次のとおりです。
「事業主に対し、募集、採用段階での不当な差別的取扱いを禁止するとともに、障害者と障害者でない者との均等な機会の確保等を図るための措置を講ずることを、「過度の負担」がない限り義務付けることとし、『合理的配慮措置』の提供を義務付けました」
さらに、改正障害者雇用促進法に基づき、事業主に差別禁止、合理的配慮措置義務が生じる「障害者」とは、「障害者、身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)その他の心身の機態の障害があるため、長期にわたり、生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な
者」とされており(促進法2条1号)、障害手帳保持者に限りません。
そのため、事業主としては、メンタル疾患の従業員に合理的配慮措置として職場復帰支援が必要な可能性があります。

3 メンタルヘルス不調問題と復職可否の判断の難しさ

(1)主治医の診断書だけで判断する際の注意点

精神障害の場合、次のように、主治医は診断書提出による患者の不利益を想定し、診断書を作成することがあるようです。そのため、メンタルヘルス不調の従業員の復職可否について、主治医の診断書だけで判断する場合、慎重な態度で臨むべきでしょう。
例)
・統合失調症患者の診断書は「不眠症」などと記載されている場合がある
・「うつ病」の診断書を「抑うつ状態」などと軽い症状に書き換えている

 

(2)「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(平成21年度改訂版)

なお、「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(平成21年度改訂版)13頁には、次のような記載があります。
診断書の評価について、「ただし現状では、主治医による診断書の内容は、病状の回復程度によって職場復帰の可能性を判断していることが多く、それはただちにその職場で求められる業務遂行能力まで回復しているか否かの判断とは限らないことにも留意すべきである。また、労働者や家族の希望が含まれている場合もある。そのため、主治医の判断と職場で必要とされる業務遂行能力の内容等について、産業医等が精査した上で採るべき対応について判断し、意見を述べることが重要となる」
そのため、企業としては、主治医によって書かれた診断書を鵜呑みにせず、的確に判断できるよう、指定医とくに産業医(精神科などの専門医)へのアクセスを充実させる必要があるといえるでしょう。

4 欠勤・休職している場合の職場復帰の対処方法

(1)ハラスメントによる精神疾患が労災とされた場合

従業員が同僚や上司等からいじめやパワハラ等のハラスメントを受け、うつ病等の精神疾患に陥り、欠勤したり休職し、業務上の傷病(労災)と認定された場合
・労災保険が適用され、休業補償給付等の支給を受ける
・休職期間及びその後の30日間は解雇が禁止(労基法19条)
といった対処が必要となります。

 

(2)精神疾患が私傷病とされたが、ハラスメントと精神疾患、欠勤・休職との因果関係が認められる場合

この場合、使用者は休業期間満了を理由に解雇や退職扱いをしたり、無断欠勤を理由に解雇することはできません。
なぜなら、ハラスメント→従業員の精神疾患→欠勤・休職との間に因果関係があり、それらに使用者責任が認められる場合、使用者は職場環境配慮義務を怠っているものとして、従業員の職場復帰措置義務を負うことになるからです(【アジア航測事件(大阪高判平14.8.29)】参照)。

 

(3)精神疾患が私傷病とされ、ハラスメントと精神疾患、欠勤・休職との因果関係が認められない場合

使用者はいきなり退職、解雇をするのではなく、以下の手順を踏む必要があります。
➀まず、指定医受診等によって、精神疾患の従業員の健康状態を調査し、休職処分等の措置を講ずる等の適切な対応をとる
➁さらに、休職期間満了時における復職可能性を検討する
➂そのうえで復職不可と判断する場合、自動退職・解雇が選択される

 

(4)➁休職期間満了時における復職可能性を検討する

復職可能性については、復職の要件である治癒」(=休職事由の消滅)が備わったか否かを検討することになります。
なお、メンタルヘルス不調者に関する多くの労働事件はこの効力が争われておりますので、特に注意する必要があるでしょう。
この点、当事者双方は、医師の診断を尊重する義務がありますので、会社としては、医師の診断を基に本人等の事情聴取を加味して判断していくことになります。その際、上記3のとおり、主治医は診断書提出による患者の不利益を想定し、診断書を作成することがありますので、主治医の診断書だけで判断することはなるべく避けた方が無難でしょう。
そこで、就業規則上、必要な場合において産業医等会社指定の医師による診断を義務付ける条項を定めておくことは必須でしょう。

 

(5)➂自動退職・解雇とされる場合

なお、休職制度は、実質的には解雇の猶予ですので、当然ですが、解雇権濫用法理の適用があります
従いまして、当該解雇処分が「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効」(労契法16条)となります。

 

(6)できる限り円満退職の実現を図る

精神障害の場合、休職期間満了時の治癒の判断は非常に微妙です。そこで、復職が難しいと思われる場合、合意のうえで退職してもらうか、退職上積金を出して会社都合退職の方向で話し合うようにすることも検討しましょう。その際、会社都合退職であれば、雇用保険の給付を早期に受けられることも説明してあげましょう。
なお、話し合いをもつ時期にも注意してください。休職期間満了の数週間前に行うのがよいでしょう。決して、休職させるかどうかという最初の段階で、退職の話をすべきではありません。
また、原則として、使用者が労働者の健康情報にアクセスするのは当然です。労働者のプライバシーは、取得した労働者の健康情報をきちんと管理し、みだりに公開しないことで守りましょう。

 

(7)休職をくり返す従業員を解雇することの可否

実務では、同じ事由で休職を何回もくり返すという事例がよく問題となります。
この点、休職制度は、原則として一度長期に会社を休み、復職後は継続的に勤務するということが前提となり、短期間で、同じ病気を理由に休職することは予定していません。
そのため、同じ事由で休職を何回も繰り返す場合、就業規則の普通解雇事由(「身体・精神が業務に耐えないとき」)に該当する可能性があります。
もっとも、上記3のとおり、主治医が診断書作成にあたり、診断名を加工する等した場合、同じ事由で休職しているか否かを判断することが困難な場合があります。
そこで、休職規定を以下のとおり、整備することを検討するべきでしょう。
・休職事由は、「同一事由」だけでなく、必ず「類似事由」も含めておく
・再休職の期間は残存期間とする
・回数制限や通算期間を設ける
例)「復職後6ヵ月以内に、同一事由ないし類似事由により欠勤または不完全な労務提供が認められた場合は、休職にする。ただし、休職期間は残存期間とするが、その期間が3ヵ月に満たない場合には、3ヵ月とする」
なお、休職規定の新設や変更は労働条件の不利益変更になり得ますので、不利益変更に必要な手続を遂行する必要があることに留意してください(労働契約法10条等)。

5 復職可否の判断基準

(1)片山組事件

では、復職判定は具体的にどのように判断すればよいのでしょうか。この点、持病を治療中の従業員が、事務作業を行うことはできるとして、主治医作成の診断書を出しても、企業側がそれを認めず、自宅治療
命令を持続し、当該期間中の賃金を不支給が問題となった片山組事件(最高裁平成10年4月9日判決)があります。
同事件では、「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異同の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められるほかの業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である」と判示しています。
上記の判示をみると少し分かりにくいかもしれません。そこで「職種限定の有無」で整理すると理解しやすいです。

具体的には、
➀職種限定ありの場合
原則、休職前の職務に復帰可能か否かで判断します。
➁職種限定なしの場合
以下のいずれかに該当するか否かで判断します。
(ア)休職前の職務に復帰可能か
(イ)短期間の軽減業務を経て、休職前の職務に復帰可能か
(ウ)従業員の意向を前提に、休職前の職務以外で配置可能な職務に復帰可能か(従業員の意向がなければ、この要件には該当しません)

なお、上記➀➁のいずれにおいても、企業が対象従業員に対し、合理的な復帰支援を行っているか否かが重要となります。そこで、職種が限定されている場合でも、他の業務への配置の現実的可能性は検討しておかれた方が無難でしょう

6 おわりに

労働者がメンタルヘルス不調を訴えてきた場合、早期に適正な対策を取らなければ、企業としては多額の賠償請求を受けるおそれがある他に、労働者の士気や生産性に大きく影響するおそれがあります。場合によっては、社内の労働環境や体制全体を見直す必要もあるでしょう。メンタルヘルス不調の問題は、特有の問題がありますので、まずはこの分野に詳しい弁護士にご相談ください。

 

 

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