メンタルヘルス不全(うつ病等の精神疾患)社員の 対応方法

1.メンタル不全とは

メンタル不全とはメンタルヘルス不全(不調、低下)の略語であり、医学的には、うつ病などの精神疾患の状態にあることを意味します。

近時、先進各国の産業において、深刻かつ重要視されているテーマの一つです。アメリカでは、近年就労可能成人の10人に1人、約2000万人がうつ病等の精神疾患に罹患し、300~400億ドルが治療費に充てられているとさえいわれています。

職場におけるパワハラ・いじめ、セクハラ、マタハラ等のハラスメント、過重な労働による過労は、その従業員に対して強度のストレスを与え、うつ病等の精神疾患を招来することが明らかになってきています。

そこで、まずは会社が職場のハラスメント問題へ適切に対応することが、従業員がうつ病等の精神疾患に罹患することを防ぐ方法といえるでしょう。

2.職場復帰支援義務

使用者は、雇用契約における信義則上の付随的義務として、労働者に対して、物理的・精神的に良好な状態で就業できるように職場環境を整備する義務を負っています(これを職場環境配慮義務といいます)。その一環として、使用者は従業員の職場復帰を支援する義務があります(これを職場復帰支援義務といいます)。

労働契約法も「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」(労働契約法5条)と規定されています。

従いまして、会社としてはメンタルヘルス不全の社員に対して、いきなり退職・解雇の選択をするのではなく、職場復帰を支援していく必要があります。

職場復帰支援の具体的内容は、厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」に示されているガイドラインをご参照ください。

3.従業員が精神疾患により欠勤・休職している場合の職場復帰の対処方法

(1)ハラスメントによる精神疾患が労災とされた場合

従業員がいじめやパワハラ等のハラスメントを受け、うつ病等の精神疾患に陥り欠勤や休職し、業務上の傷病と認定された場合、労災保険が適用され、休業補償給付等の支給を受けることができます。さらに、休職期間及びその後の30日間は解雇が禁止されます(労基法19条)。

(2)精神疾患が私傷病と判断された場合

①ハラスメントと精神疾患、欠勤・休職との因果関係が認められる場合

精神疾患が労災と認められなくとも、ハラスメントと精神疾患、欠勤・休職との間に因果関係があり、それらに使用者責任が認められる場合、使用者は休業期間満了を理由に解雇や退職扱いをしたり、無断欠勤を理由に解雇することはできません。なぜなら、上記2のとおり、使用者は職場環境配慮義務を怠っているものとして、従業員の職場復帰措置義務を負うからです【アジア航測事件(大阪高判平14.8.29)】。

②ハラスメントと精神疾患、欠勤・休職との因果関係が認められない場合

ハラスメントと精神疾患、欠勤・休職との因果関係が認められない場合であっても、使用者はいきなり、退職、解雇を選択してはいけません。なぜなら職場復帰支援義務に反するおそれがあるからです。

そこで、まずは精神疾患の従業員に指定による受診をさせることで健康状態を調査し、指定医の意見を尊重しながら、休職処分等の措置を講ずる等の適切な対応をとります。さらに、休職期間満了時における復職可能性を検討します。復職可能性の判断方法については、後記4をご参照ください。そのうえで、復職の可能性がない場合にはじめて退職、解雇を選択するようにしてください。

(3)精神疾患と無断欠勤

では、精神疾患が原因で無断欠勤していると疑われる従業員がいる場合に、懲戒解雇事由に該当するとして懲戒解雇を行っても良いのでしょうか。

このように精神疾患が原因と疑われる場合に、会社が休職の可否を判断せず、解雇を即断した場合には無効と評価されるおそれが高いといえます。

そこで、うつ病などの精神的な異常が明らかな場合、精神科での診察を受けさせたうえで、主治医の判断を休職の可否を検討すべきでしょう【日本ヒューレット・パッカード事件(最二小判平成24.4.27)】。

4.休職にあたっての注意点と職場復帰の可能性の判断方法

(1)主治医面談と同意書をとるタイミング

では、従業員が、うつ病を理由に休職が必要とする旨の診断書を会社に提出し、休職を求めてきたものの、長時間労働や大きなトラブル等はなく仮病が疑われる場合、どのように対処すればよいでしょうか。

まず、診断書が出ているのですから、会社の勝手な判断で出社させたことでうつ病が悪化した場合、安全配慮義務違反の責任を問われるおそれがあります。

そこで、休職に入るときに、主治医から診断の根拠を詳しく聞くことが重要になります。休職期間満了間際に安易に「復職可」の診断書を書かせないためにも、休職時からの症状を把握しておきましょう。主治医から診断の根拠を聞くにあたっては、個人情報等の点から、従業員本人の同意書が必ず必要となります。同意書をもらうタイミングですが、本人が休職を希望する場合、休職に入る時点が最も同意書がとりやすいと思われますので、このタイミングを逃さないようにしてください。

(2)主治医への確認事項

主治医と面談するにあたっては、当該従業員が復職判断に備えて、どういう症状があるために就労ができないかを詳しく確認し、証拠化するようにしてください。メンタルヘルス不全を理由に休職をする場合には、復職の可能性を判断するにあたり、具体的には、睡眠覚醒リズムの状態、コミュニケーション能力の程度、注意力・集中力の程度、薬の種類や量、治療方針・計画等について、確認するようにしてください。

(3)復職審査

ア.休職期間満了が近づいてきた場合、復職審査の準備をします。復職を判断する準備をするには、以下のとおり、思ったよりも時間がかかります。そこで、休職期間満了前の少なくとも3か月前には、復帰についての本人の希望を確認するようにしてください。復帰を希望する場合には、

まず、①主治医の診断書を提出してもらいます。その後、会社の方で主治医と面談をします。

次に、②指定医による診断が必要となります。産業医でもよいのではないかと考えるかもしれませんが、産業医は主に内科の医師が勤めています。メンタルヘルス不全の場合、専門家である精神科の意見が欲しいので、精神科の指定医による受診を勧めてください

そのためにも、就業規則には指定医受診の規定を定めておくことが必須といえます。

イ.主治医が「復職可」と判断し、指定医が「復職不可」と判断した場合

主治医と指定医の意見が同じであれば、会社としてはその意見を尊重しなければなりません。

問題は、主治医が「復職可」と判断し、指定医が「復職不可」と判断した場合です。そのような場合、会社として指定医の意見のみで復職不可とするには、次のような点に注意する必要があります。

まず、①主治医面談において、主治医が「最低条件」を満たしていないことを、ある程度認めていること。この場合の復職の「最低条件」とは、所定の始業終業時刻を守り、所定労働時間働けるか、1人で安全に通勤できるか、OA機器を使用して業務遂行ができるか、他の従業員と業務上必要なコミュニケーションが取れるか等を意味します。

また、②休職開始時から継続して、主治医と面談ができており、以前の状態と大きな変化がないこと。以前の状態と大きな変化がないにもかかわらず、休業期間満了前になり突然復職可と判断するのは不自然だからです。

さらに、③指定医面談でも治癒していない様子が具体的にみられること

これら①から③の事情がいずれも認められる場合、会社として指定医の意見のみで復職不可とすることが考えられるでしょう。

5.長期欠勤の条項(欠勤が断続した場合の扱い)

うつ病等のメンタルヘルス不全を理由に、欠勤と復職を繰り返す社員への対応に悩まれている会社様もいらっしゃるかと思います。

通常、就業規則において、休職の長期欠勤要件が「3か月間欠勤したとき」と規定していた場合、「連続して3か月間欠勤したとき」と読みます。従いまして、このような条項の場合、断続した欠勤日数の合計が90日間になっても、休職扱いにはできません。

そこで、長期欠勤の通算条項を定めておくことをお勧めします。具体的には、 「従業員が同一若しくは類似の傷病により断続的に欠勤する場合は、欠勤の中断期間が●か月未満のときは前後の欠勤期間を通算し、連続しているものとみなす。」といった具合です。

同一の傷病としてしまうと、類似のメンタルヘルス不全を発症した場合に、適用外になってしまうおそれがあります。そこで、少し適用範囲を広げる意味で、「同一若しくは類似の傷病」と規定しておくのがポイントです。

また、欠勤の中断期間をどの程度にするかについて、悩まれる会社様もあるかもしれませんが、休職期間中は無給とする場合には、休職扱いとすることの不利益が大きいことから、通算条項の内容に一定の「合理性」が求められると言われています。ですので、すべての期間を通算するといった条項やあまりに長期間の通算条項は不合理で無効になるおそれが高いでといえます。

そこで、通算期間としては、1か月未満程度にしておかれるのが無難でしょう。

 

6.その他の制度

(1)傷病休職制度の設計

労基法上、傷病休職制度を設けなければならない義務はありません。そこで、すぐに解雇できるように傷病休職制度を設けたくないという会社様もいらっしゃるかもしれません。

もっとも、従業員が私傷病で欠勤し、長期復職ができないことを理由に解雇するときには、その時点で解雇することが客観的で合理的でなければなりません。裁判所も、3ヶ月でも6ヶ月でも経過を見てあげるべきであったとして、解雇を無効と評価するリスクあります。そこで、傷病休職制度の有無にかかわらず、いきなり解雇するのではなく、まずは復職にむかって支援してあげるようにしてください。

(2)ストレスチェック制度

2015年12月1日から、労働者が50人以上いる事業所では、毎年1回「心理的な負担等を把握するための検査等(ストレスチェック制度)」をすべての労働者に対して実施することが義務付けられています(50人未満の事業場は「当分の間」努力義務とされています)。

制度の目的ですが、労働者側としては、本人に検査結果を通知し、ストレスの状況についての気付きを促すことで、個人のメンタルヘルス不調のリスクを低減させることにあります。使用者側としては、メンタル不調のリスクの高い者を早期に見つけ、医師による面接指導につなげることで、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止することにあります。

このように、ストレスチェック制度には、「うつ病」予備軍のスクリーニング機能があります。

会社としても是非、ストレスチェック制度を積極的に利用することで、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止し、労働環境保全に努めるようにしましょう。

(3)「試し出社」(リハビリ出勤)の活用

最近、「試し出社」制度を設けられている会社様が見られます。

この制度を利用する場合には、ちゃんとしたメニューをこなした場合は復職を認めなければなりませんので、必ず主治医に内容を確認してもらい、主治医の指示に従って行うようにしてください。また、就業規則に従って制度化した場合、試し出勤を行わずに自然退職させると手続き違反を指摘されるおそれありますので、ご注意ください。

このように、「試し出社」制度を採用する場合は、上記のリスクがあることを理解したうえでご利用するようにしてください。

7.精神疾患と損害(後遺障害、過失相殺、損益相殺等)

(1)精神疾患と後遺障害

精神疾患にも「後遺障害」という状態は起こりえます。ただし、業務による心理的負荷を原因とする非器質性精神障害は、業務による心理的負荷を取り除き、適切な治療を行えば、多くの場合概ね半年~1年、長くても2~3年の治療により完治するのが一般的であって、業務に支障の出るような後遺症状を残すケースは少なく、障害を残した場合においても各種の日常生活動作がかなりの程度でき、一定の就労が可能となる程度以上に症状がよくなるのが通常であると言われています【神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準参照(平成15年8月8日基発第808002)】。

そのため、後遺障害は認定され得るが稀であり、労働喪失率もそれほど高くはないといわれています。

(2)精神疾患と既往症

精神疾患を患う従業員のなかには、以前にも精神疾患を発症しやすい既往症(うつ病やアルコール中毒等)を患っていることも多いでしょう。そのような場合、損害が過失相殺(素因減額)され得ることも忘れてはいけません。会社側としては、証拠が必要となりますので、既往症を調べるため、従業員からヒアリングをし、通院歴やカルテ等の医証を調べるための同意書をとるようにしましょう。

また、交渉段階でのポイントとしては、上記証拠を根拠に既往症による過失相殺を主張し、最初は5割程度から交渉をスタートさせましょう。結果的に、3割から5割程度で交渉成立させたいところです。

なお、長時間労働を原因とする精神疾患の場合、過失相殺が認められないことが多いことにご注意ください。

(3)労災給付等と損益相殺

精神疾患が労災とされた場合、療養補償給付(治療費・交通費のみ)、休業補償給付(休業損害のみ)、障害補償一時金・障害補償年金・遺族補償年金(逸失利益のみ)の労災給付等が支給されますが、これらの給付は損益相殺の対象となり得ます。

なお、障害補償年金・遺族補償年金については、実際に支払われた金額ではなく、前払一時金の最高限度額(1000日分)について、損益相殺の対象となり得ます。また、特別支給金は損益相殺の対象とはなりません。示談交渉や訴訟をする際には、損益相殺の対象となり得る支給について、忘れずに主張するようにしてください。

メンタルヘルス問題についてお困りの経営者の方は、ぜひ一度労務問題に詳しい弁護士にご相談ください。

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