合意が成立する見込みがない場合の誠実交渉命令

第1 はじめに

使用者が正当な理由なく、労働組合からの団体交渉を拒否した場合、労働委員会から「当該事項について、誠実に交渉に応じなければならない」という旨の誠実交渉命令が発せられることがあります。
では、団体交渉に係る事項に関して合意が成立する見込みがない場合にも、誠実交渉命令を発することができるのでしょうか。改めて団体交渉を行っても、合意が成立する見込みがない以上、そのような命令をしても意味がないとも考えられます。
今回は、この点について、最高裁が下した判断を解説していきます。

 

第2 団体交渉拒否に対する救済

労組法7条2号は、使用者が正当な理由なく団体交渉を拒否することを、不当労働行為として禁止し、使用者に団体交渉義務を課しています。この団体交渉義務とは、具体的には、自分の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示したりするなどして、労働組合に対し、誠意ある対応をとること(誠実交渉義務)を意味しています。
使用者が誠実交渉義務に違反した場合、労働組合は、労働委員会に対して、不当労働行為の救済申立てをすることができます(労組法27条以下)。そして、労働委員会が、実際に誠実交渉義務違反の不当労働行為があったと認めたときには、使用者に対して、誠実に団体交渉に応ずることを内容とする救済命令(誠実交渉命令)が発せられることになります。
これまで判例は、不当労働行為に該当する場合の救済命令の内容について、労働委員会に広い裁量を認めてきました。ただ、団体交渉に係る事項に関して合意が成立する見込みがない場合に、誠実交渉命令を発することの可否について述べた裁判例や学説は特になく、そのような状況下で、今回、最高裁が初めて判断を下しました。

 

第3 山形大学不当労働行為救済命令取消請求事件(最二小令和4年3月18日判決・判時2532号5頁)

1 事案の概要

労働組合Zが、団体交渉における使用者Xの対応が労組法7条2号の不当労働行為に該当するとして、労働委員会に申立てをしたところ、労働委員会は、不当労働行為該当性を認め、Xに対し、誠実交渉命令を発しました(以下「本件救済命令」といいます)。これに対し、Xは、Y(県)を相手に本件救済命令の取り消しを求め、訴えを提起したというのが本件の概要です。
本件では、教職員のうち55歳を超える者の昇給を抑制すること及び教職員全体の給与制度の見直しをすること(以下「本件各交渉事項」といいます。)について、Xが、Zと団体交渉を行ったものの、最終的にZの同意を得られないまま、本件各交渉事項を実施してしまっていたという事情がありました。
そのため、今回のような場合でも、なお誠実交渉命令を発することができるのかが問題となりました。

2 原審の判断

原審は、以下のように判断して、本件救済命令は違法であるとしました。
「本件救済命令が発された平成31年1月15日においては、本件各交渉事項に係る昇給抑制又は賃金引下げの実行から4年前後を経過し、その間、平成29年度までの会計年度が終了するとともに、給与の性質上、関係職員全員について上記昇給抑制及び賃金引下げを踏まえた法律関係が積み重ねられてきたということができる。」その他の「諸事情からすると、本件各交渉事項に係る昇給抑制又は賃金引下げの実施から4年前後を経過した平成31年1月15日の時点において、本件各交渉事項について被控訴人(X)と補助参加人(Z)とが改めて団体交渉をしても、補助参加人(Z)にとって有意な合意を成立させることは事実上不可能であったと推認することができる。」
「そうすると、仮に、被控訴人(X)と補助参加人(Z)との本件各交渉事項を巡る団体交渉において被控訴人(X)に本件救済命令が指摘するような不当労働行為があったとしても、本件救済命令が、平成31年1月15日の時点において、被控訴人(X)に対し、本件各交渉事項について、補助参加人(Z)と更なる団体交渉をするように命じたことは、労働委員会規則33条1項6号の趣旨にも照らし、裁量権の範囲を逸脱したものといわざるを得ない。」
すなわち、原審は、合意が成立する見込みがない場合には、誠実交渉命令を発することはできないと判断しました。

3 本判決の判断

⑴ 団体交渉の機能

本判決は、まず次のように述べました。
「団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないと認められる場合には、誠実交渉命令を発しても、労働組合が労働条件等の獲得の機会を現実に回復することは期待できないものともいえる。しかしながら、このような場合であっても、使用者が労働組合に対する誠実交渉義務を尽くしていないときは、その後誠実に団体交渉に応ずるに至れば、労働組合は当該団体交渉に関して使用者から十分な説明や資料の提示を受けることができるようになるとともに、組合活動一般についても労働組合の交渉力の回復や労使間のコミュニケーションの正常化が図られるから、誠実交渉命令を発することは、不当労働行為によって発生した侵害状態を除去、是正し、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図ることに資するものというべきである。そうすると、合意の成立する見込みがないことをもって、誠実交渉命令を発することが直ちに救済命令制度の本来の趣旨、目的に由来する限界を逸脱するということはできない。」
本判決は、まず、労使間のコミュニケーションツールとして利用されるという団体交渉の機能に着目しました。そして、誠実交渉義務に違反する行為があれば、いったんはこの機能が害されてしまうものの、誠実交渉命令が発せられれば、この機能が回復され、正常な集団的労使関係秩序の回復、確保につながります。そのため、誠実交渉命令を発することが、救済命令の本来の趣旨、目的に沿うかどうかの判断において、合意が成立する見込みの有無は関係がないと考えました。

⑵ 救済命令の実現可能性

次に、本判決は、「上記のような場合であっても、使用者が誠実に団体交渉に応ずること自体は可能であることが明らかであるから、誠実交渉命令が事実上又は法律上実現可能性のない事項を命ずるものであるとはいえない」と述べています。
たしかに、救済命令の内容が事実上又は法律上実現不可能な場合には、当該救済命令は違法となると解されています。
しかし、ここでいう実現不可能な場合とは、もう既に存在していない職場に復帰させること等、救済命令の内容自体を実現することが不可能な場合を指します。
本件において、誠実に団体交渉に応ずること自体は当然可能であるため、実現不可能な事項を命ずるものとはいえません。

⑶ 救済の必要性

さらに、本判決は、「上記のような侵害状態がある以上、救済の必要性がないということもできない」と述べています。
たしかに、過去に不当労働行為があったとしても、その後、不当労働行為によって生じた問題点が是正又は解消されている場合(解雇を撤回して原職に復帰させた場合など)には、救済の必要性がないとして、申立てが棄却される可能性があります。
しかし、本件では、前述のように、誠実交渉義務違反によって団体交渉の機能が害されてしまうところ、たとえ合意が成立する見込みがなかったとしても、その侵害状態は解消されません。そのため、救済の必要性も依然として存在しています。

⑷ 結論

本判決は、以上の事情を踏まえ、「使用者が誠実交渉義務に違反する不当労働行為をした場合には、当該団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないときであっても、労働委員会は、誠実交渉命令を発することができると解するのが相当である。」と判断し、原審の判断を覆しました。

 

第4 終わりに

今回は、団体交渉に係る事項について合意が成立する見込みがない場合の誠実交渉命令の可否についての最高裁判決を紹介しました。この論点における、最高裁の判断を初めて明らかにしたものであり、実務上重要な意義を有するといえます。
この論点に限らず、団体交渉への対応についてお困りの方は、労務分野に詳しい弁護士にご相談されるのがよいでしょう。

 

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