配転命令違反と懲戒解雇

第1 初めに

配転命令に違反する労働者がいた場合、使用者としては、当該労働者の懲戒解雇を検討することになると思われますが、かかる解雇は常に有効となるのでしょうか。
今回は、配転命令や懲戒解雇が有効となるための要件に加え、配転命令違反を理由とする懲戒解雇の有効性について判断を下した近時の裁判例も紹介しながら、この論点について解説していきます。

 

第2 配転命令の有効性

配転とは、労働者の職務内容や勤務内容を変更することをいうところ、配転命令の有効性については、東亜ペイント事件判決(最二小判昭和61年7月14日)が一般的な規範を示しています。
具体的には、配転命令権が労働協約や就業規則の定めなどによって契約上根拠づけられている場合には、①業務上の必要性が存在しない場合、②不当な動機・目的をもってなされたとき、③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど、特段の事情がある場合に限って、権利濫用として無効となるという判断をしています。
業務上の必要性(①)については、「余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性」までは要求されず、企業の合理的運営に寄与する面があれば広く認められます。
また、不当な動機・目的(②)については、特定の労働者に対する嫌がらせのための配転が典型例として挙げられます。
そして、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の有無(③)については、子供の育児や家族の介護という事情があった場合に、使用者の配慮が尽くされているかという形で争いになることがよくあります。

 

第3 懲戒解雇の有効性

懲戒解雇とは、使用者が、企業秩序に違反する行為をした労働者に対して制裁罰として課す懲戒処分の一種で、懲戒処分の中で最も重い処分のことをいいます。懲戒解雇が有効といえるためには、一般的に、以下の4要件が必要と解されています。

1.就業規則などにその根拠規定が設けられていること(就業規則で定められている場合には、その規定が「周知」され、「合理的」であること(労働契約法7条))
2.労働者の行為が懲戒事由に該当すること
3.客観的合理的理由が存在し、社会通念上相当であること(同法15条)
4.適正な手続を踏んでいること(特に、弁明の機会を与えること)

配転命令に違反する労働者がいた場合、使用者としては、有効な業務命令に従わなかったことが懲戒事由に該当するとして、当該労働者の懲戒解雇を検討することになります。

 

第4 配転命令違反による懲戒解雇

1 従来の考え方

一般的に、使用者は、広い人事裁量権を有しており、有効な配転命令を拒否することは、重大な業務命令違反といえるため、懲戒解雇を行うことは可能と解されています。前述の東亜ペイント事件判決も、このような立場を前提とした判断をしています。
もっとも、メレスグリオ事件判決(東京高判平成12年11月29日)は、配転命令自体は有効としつつも、以下のように述べて、懲戒解雇が権利濫用にあたると判断しました。
「被控訴人は、控訴人に対し、職務内容に変更を生じないことを説明したにとどまり、本件配転後の通勤所要時間、経路等、控訴人において本件配転に伴う利害得失を考慮して合理的な決断をするのに必要な情報を提供しておらず、必要な手順を尽くしていないと評することができる。このように、生じる利害得失について控訴人が判断するのに必要な情報を提供することなくしてされた本件配転命令に従わなかったことを理由とする懲戒解雇は、性急に過ぎ、生活の糧を職場に依存しながらも、職場を離れればそれぞれ尊重されるべき私的な生活を営む労働者が配転により受ける影響等に対する配慮を著しく欠くもので、権利の濫用として無効と評価すべきである。」
すなわち、配転命令に違反したとしても、懲戒解雇をする上で、適正な手続を踏んでいなかった場合には、当該解雇が権利濫用として無効となる可能性があるといえます。

2 大阪地裁令和3年11月29日判決(判時2533号38頁)

⑴ 事案の概要

本判決は、配転命令を拒否したことを理由とした懲戒解雇を有効と判断しました。
本件は、グループ会社Zの子会社であるYの従業員であったXが、勤務していた大阪市所在の事業場の閉鎖に伴い、川崎市所在の事業場への配転命令(以下「本件配転命令」といいます。)を受けたが、これを拒否したところ、Yから懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」といいます。)されたため、本件懲戒解雇が無効であるとして、労働契約上の地位の確認や、未払賃金の支払いなどを求めた事案です。
なお、本件配転命令が発出された当時、Xは、11歳の長男及び76歳の母親と同居していました。

⑵ 配転命令の有効性

本判決は、まず、本件配転命令の有効性について、前述した東亜ペイント事件判決に従って判断しました。
業務上の必要性(①)については、Zグループ全体の経営状況に照らせば、事業場を集約して、組織の構造改革や業務の効率化を図ることも経営改善に向けて行われる方策の一つであること、閉鎖する事業場に勤務していた従業員を別の事業場に配転させることは、業務の効率化や雇用の維持という観点から合理的な方策といえること等から、その必要性を認めました。
また、不当な動機・目的(②)についても、閉鎖される事業場に勤務していた従業員のうち退職しない者全員を配転させようとしたのであって、特定の従業員を狙い打ちしたものではないこと等から、そのような動機・目的はないと判断しました。
そして、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の有無(③)については、その判断の基礎となる事情が、配転命令が発出された時点において使用者が認識していた事情に限られるのか、それとも、その後訴訟において主張されるに至った事情も含まれるのかが問題となりました。本件では、Xが、訴訟の段階に至ってから、自身の長男及び母親に係る診断書や通院状況に関する資料を提出しており、Yもこの時点で初めて、Xの長男及び母親の具体的な病状を知ったため、果たしてこの資料に係る事情を考慮できるのかが争われました。
この点について、本判決は、「被告(Y)が、本件配転命令以前に、原告(X)が本件訴訟において提出しているような医師の意見書や診断書等の内容を認識していないのは、…配転に応じることができない理由を聴取する機会を設けようとしたにもかかわらず、原告が自ら説明の機会を放棄した」からだと指摘し、そうすると、「本件配転命令に際し、被告…が医師の意見書・診断書等の原告の長男及び母親の具体的な状態を認識することができなかったのは原告が招いた事態であるから、被告…が、本件配転命令を発出した時点において認識していた事情を基に、本件配転命令の有効性を判断することが相当というべきである。」と判断しました。
そして、Yが本件配転命令発出時に認識していたXの長男や母親に関する事情は、一般的な事情であり、特段珍しいことではないなどとして、Xに対し通常甘受すべき程度を著しく超える程度の不利益を与えるものではないとしました。
以上より、本件配転命令は有効であると判断しました。

⑶ 懲戒解雇の有効性

本判決は、Yの就業規則上、「職務上の指示命令に反して職場の秩序を乱した場合には、懲戒解雇事由に該当するとされているところ、」本件配転「命令に応じないという事態を放置することとなれば、企業秩序を維持することができないことは明らかである。」として、本件懲戒解雇は、客観的合理的理由があり、かつ社会通念上も相当なものとして、有効と判断しました。

3 配転命令違反を理由に懲戒解雇するためには

⑴ 適正手続

令和3年判決は、配転命令違反を理由とする懲戒解雇を有効と判断しましたが、これは、本件配転命令に先立ち、Yから弁明の機会を与えられたにもかかわらず、Xがこれを拒否し、自ら説明の機会を放棄していたことが重視されていると考えられます。
そのため、メレスグリオ事件判決も踏まえると、配転命令違反を理由に懲戒解雇する場合でも、適正な手続を踏んで行うことは必須といえます。
具体的には、配転に伴って生じるメリット・デメリットを考慮して、労働者が合理的な判断をするのに必要な情報を提供することや、配転を拒否する姿勢を見せている者に対しては、その理由を確認するために面談を行ったり、説得を繰り返したりすることが必要となるでしょう。

⑵ 配転命令の有効性判断において考慮される事情

令和3年判決は、あくまでも、労働者が自ら説明の機会を放棄したことを理由に、配転命令の有効性判断において考慮しうる事情の範囲を限定しています。
そのため、常に、配転命令発出時において使用者が認識していた事情を基に、配転命令の有効性が判断されるわけではないということに注意が必要です。
使用者としては、配転命令が有効であると主張するために、、労働者に関する事情を把握しようと努めることが大事といえるでしょう。

配転命令を発出する時点で

第5 終わりに

今回は、配転命令違反を理由に懲戒解雇することの可否について解説しました。
配転命令や懲戒解雇の有効性については、裁判例が蓄積されているものの、事案によって判断が微妙なケースも多くあると思います。
そこで、今回の記事に関してお悩みのある方は、労務分野に詳しい弁護士にご相談されるのがよいでしょう。

 

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